今昔物語
スタッフ 山下国彦

第1章 「幼少期」

波瀾万丈な人生を送る事もなく、波風立たせないようヒッソリと毎日を過ごしていたらいつの間にか整体師になっており、気づいたら三十路手前になってしまっていた、どこにでもいるような平々凡々な男の昔話にしばらくお付き合い下さいませ。

私、山下国彦は1988年の11月14日に東京にて産声を上げました。
当然ですが、当時の記憶は全くなく、写真でしか見覚えはありませんが、生まれたばかりの赤ちゃんは可愛らしさと愛くるしさを共に兼ね備え、いるだけで場を和ませる究極的な存在でした。
そんなキュートな赤ちゃんがどのように育てば今のような毛深くて髭の濃いおっさんになるのか想像もつかないですね。人間って不思議!

そんな可愛くて目に入れても痛くないような赤ちゃん山下に、人生最大の危機が訪れます。
それが第一次ネーミング戦争です。
私には姉がおり、その姉が私の名前をあろう事か桃太郎にすると我が儘を言い出したから、さぁ大変。
桃太郎じゃなきゃイヤだイヤだと抗議しつづけること丸一日、どうやらご褒美を買ってもらう事で折れたみたいです。子供ってご褒美に弱いですね。

そんなこんなで無事桃太郎ではなく、国彦として生きることが決まった私ですが、その後は小学生の頃くらいまであまり記憶にありません。
幼稚園のお散歩の時に猫を追いかけて迷子になっただとか、保育園の先生が好きすぎて先生に一日中ベッタリくっついて迷惑掛けていたとか、そんな恥ずかしい記憶は曖昧ですが覚えています。

その後、国彦少年はすくすくと成長し、何事もなく無事に小学生になりました!
となれば良かったのですが、その頃、大きな事件が発生しました。
何が起こったかというと、電車とホームの間に挟まってしまったのです!
その日は、家族で祖父の家に行った帰りだったのですが、姉と手を繋いで歩いていた私は驚く程すっぽりと電車とホームの間の溝に嵌まってしまったのです!
当時の事を家族に聞くと、駅のベンチに横たえられた私は鼻から血が全然止まらなかったみたいで、その際に周りの方々にティッシュやらハンカチやらをたくさん頂いたそうです。
その後、救急車で運ばれ、手術を行い、色々な方々の手助けもあってなんとか無事に次の日にはお家に着きました。

未だに覚えているのが、病院の看護婦さんにもらった絆創膏が、キャラクターのけろけろけろっぴだった事です!このけろけろけろっぴだけはなぜか記憶が鮮明なんです。当時けろっぴが大好きだったからかもしれないですね。
この事件以降目立った出来事もなく、クニヒコ少年はすくすく成長し、小学生になります。